第5章|日常を支える進化 ―― Astral と Imperial
De Luxe によって、Smiths の腕時計は、人々の生活の中で自然に使われる存在になっていた。次に Smiths が目指したのは、日常使用における具体的な課題へ、設計として応えていくことだった。
1950年代の英国では、腕時計はすでに生活の道具として定着していた。通勤、労働、移動、屋外での作業。そうした環境の中で使われる以上、衝撃や振動への対策は避けて通れない条件になっていく。
1950年代後半、Smiths はその課題に応えるかたちで Smiths Astral を展開し始める。Astral は、耐震バランスを備えることを明確な目的として設計されたシリーズで、1958年後半から1959年頃にかけて本格的に市場へ現れていったと考えられている。
Astral に搭載されたムーブメントは、衝撃による軸折れや精度低下を抑えるため、バランス周辺に耐震機構を取り入れている。これは当時の腕時計において重要な技術的テーマであり、Smiths にとっても、自社設計の中で本格的に取り組む段階に入ったことを示している。
外装面でも、Astral には実用性を意識した特徴が見られる。ケースは比較的しっかりとした構成が多く、ケースバックには SHOCKPROOF の刻印を持つ個体も多い。耐震性が、このシリーズの設計上の主題であったことが読み取れる。
文字盤は視認性を重視した構成が中心だ。アラビア数字や明確なインデックス、整ったミニッツトラック。夜光を備えた針や数字を持つ例もあり、日常のさまざまな場面で時間を確実に読み取ることが意識されている。Astral も De Luxe と同様に、スモールセコンド仕様とセンターセコンド仕様の両方が存在する。
一方、Smiths Imperial は、1958年頃に構想・展開されたモデルである。Imperial は、19石ムーブメントを採用したモデルとして位置づけられ、耐震性を主題とした Astral とは異なる方向から、人の生活に応える腕時計を目指していた。
Imperial では、精度の安定性や仕上げの整い方がより重視されている。ケースは比較的薄型で、全体のプロポーションが整えられているものが多く、ラグの造形も滑らかだ。装着時の収まりや佇まいが意識されていることが分かる。
文字盤は控えめながら均整の取れた表情を持つ。アラビア数字とバーインデックスの組み合わせ、あるいはバーインデックス主体の構成など、落ち着いた印象のものが多い。同じ王冠モチーフであっても、De Luxe と Imperial では描写に違いがあり、Imperial ではドレスウォッチとしての側面を強めた意匠が採られていたことがうかがえる。
De Luxe というひとつの完成されたモデルを基準として、用途の違いに応えるかたちで、Astral と Imperial という二つの異なるタイプの腕時計が生まれた。
耐震という課題に応えるため、より強固な設計を与えられた Astral。一方で、高級志向とドレス性を意識した表情を与えられた Imperial。
他にも、1950年頃からは、より手頃な価格帯を担う Smiths Empire も展開されている。Empire は、若い世代や初めて腕時計を手にする層を意識したシリーズで、価格とのバランスを取りながらも、多様なデザインが試みられていた。文字盤の表情や仕様の幅も広く、当時の空気を反映した自由さが感じられる。Empire は、長期使用を前提とした構造ではないが、当時の日常使いに適した時計だった。
基盤となる De Luxe。構造面を強化した Astral。高級志向とドレス性を意識した Imperial。世代の入口を担った Empire。
このように、Smithsはこの時代、腕時計を使用用途や立場に応じて様々なシリーズを積極的に展開していっていた。
次章では、時代を少し遡り、伝説的な1953年のエベレスト初登頂の物語と、そこから生まれたモデルについてお話ししましょう。