第8章|Smithsの軍用時計
腕時計が軍用装備として広く使われるようになったのは、20世紀に入ってからである。
19世紀まで時計は主に懐中時計であり、腕時計は婦人用装飾品と見なされていた。しかし軍事の現場では、瞬時に時間を確認できる装置が必要だった。作戦行動、砲撃のタイミング、部隊の移動――すべては時間によって管理される。
こうして腕時計は実用品として軍の装備に組み込まれていく。
第一次世界大戦の頃には、兵士が腕時計を使用することが一般的になり、軍用時計という分野が確立していった。
第二次世界大戦の時代、英国軍は ATP(Army Trade Pattern)と呼ばれる軍用腕時計を採用していた。これは1939年頃から供給された初期の軍用時計で、複数のメーカーによって製造された実用時計である。主な供給メーカーはスイス企業であり、Record、Cyma、Timor、Burenなどが知られている。
戦争後期になると、より厳格な軍規格に基づいた新しい軍用時計が発注された。これが後に "Dirty Dozen" と呼ばれることになる WWW(Watch, Wrist, Waterproof)規格の時計である。
これらの軍用時計は、Omega、Longines、IWC、Jaeger-LeCoultreなど、主にスイスメーカーによって供給された。
当時のSmithsは、こうした軍用腕時計の供給メーカーには含まれていない。第二次世界大戦中のSmithsは腕時計メーカーというよりも、航空機用計器や車両用時計などの軍用時間計測機器を製造する企業として戦時体制に組み込まれていたのである。
戦後になってから、Smithsは本格的に腕時計の製造を開始する。
1950年代、英国製腕時計の生産体制が整う中で、Smithsは民生用時計のラインナップを拡大していっていた。De Luxe、Astral、Imperial、Everestなどのモデルは、この時代に生まれている。
そしてこの時期、Smithsの腕時計は再び軍に採用されることになる。
1950年代後半、英国空軍向けに支給されたのが Smiths General Service(GS)6B/542 である。
これはRAF(英国空軍)向けの軍用時計で、ブラックダイヤル、夜光インデックス、中央秒針という軍用仕様を備えていた。ケースサイズは約35mm前後で、実用性を重視した設計となっている。
裏蓋には軍用支給品を示す 6B/542 の番号が刻印されている。この番号は英国軍の装備管理番号であり、空軍用時計であることを示している。
このGSモデルは生産数が少なく、現存数も限られているため、現在では非常に希少な軍用時計として知られている。
そして1967年、英国国防省は新しい軍用腕時計を採用した。
それが W10 である。
W10は英国陸軍向けに支給された軍用腕時計であり、シンプルで高い視認性を持つダイヤル、堅牢なケース、信頼性の高い手巻きムーブメントを備えていた。
ムーブメントには Smiths cal.60466E が搭載されている。これはSmithsが製造した15石の手巻きムーブメントで、英国製腕時計として完成度の高い設計を持っていた。
ケース径は約35mm。ブラックダイヤルにアラビア数字インデックス、中央秒針という構成は、軍用時計として理想的な視認性を追求したものである。
裏蓋には軍用支給品を示す刻印が刻まれ、
W10 / 6645-99-961-4045
というNATOストックナンバーが記されている。
このW10は1967年から1970年頃まで製造され、英国陸軍に支給された。
第二次世界大戦では腕時計の供給に関わらなかったSmithsは、戦後になって腕時計の製造を本格化させ、1950年代には空軍用のGS時計を、そして1960年代には陸軍用のW10を製造することになる。
現在、Smiths W10はヴィンテージ軍用時計の中でも特に人気の高いモデルとして知られている。英国軍支給品としての確かな背景と、英国製ムーブメントを搭載した数少ない軍用時計であることが、その評価を高めている。
英国の時計メーカーが製造した軍用腕時計。
それは単なる装備ではなく、英国時計産業の歴史の中に刻まれた重要な一章でもある。
ーー次回予告ーー
第9章|海に向かった最後の挑戦 ―― Smiths Divers
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(the mews antiques)